自担の髪型が変わったよ!?

 はじめに言っておくと、いやまあ別に前の髪型が嫌いだったわけではないんですよ!? 頭の手術跡が見えるようにとのこだわり、チンピラコーデが似合う強めなビジュアル、ええやん…と心酔してすらいた。まあ治安の悪さを醸し出すビジュアルではあったけど、かわいさが消えたとは思ってなかったし。*1でもね! 髪型変化のスパンがスパンスパンに速い人を自担に持つと、変化のない日々が続いたときめっちゃくちゃ物足りなくなるんですよ…。*2例え好きな髪型であっても変化を渇望するようになってしまう。変化があるからこそ「長く続かないであろうこの髪型を刹那的に愛しちゃえ」みたいな、無理くりエモを作り出して商売する人みたいな状態になってしまうわけ。

 だからもうねえ髪型が変わったと聞いた時には、頭の中に古のキターーーAAが浮かんだね。ぷかぷかと浮かんだ。かぷかぷわらったよ! やまなし。死ぬやつ。

 前の髪型は黒髪で面積広めのツーブロック、トップにボリューム出してる感じって言ったらいいのかな? 新しい髪型は赤髪にゆるめパーマかけて、トップの髪をおろしてる感じ。ぶっちゃけ髪用語わかんねえ調べたけどおしゃれぶれねえ。とにかく自担が最高なことしかわからねえ。とまらねえ~。

 まあ見た目がまず最高なんだけど、手術跡を見せる髪型っていうこだわりがわりと長めに継続した後での変化っていうのは、そこから少し先に進めたってことかな? っていう勝手な想像をして嬉しがってるところもある。精神の歩みを感じたね。恐ろしいことに全部妄想なんですけども。

 

 しかしもうねえ自担の髪型ひとつでころころ転がって奇声あげるのめちゃくちゃ楽しいわな~! 自担マジ宇宙抱いたわ! イェー! パッション。ツアー前にこれを放り込んでくる自担できる子。よーしよしよし! えらいこっちゃ。でもこの髪型がツアー開幕と同時に消え去ることは大いにありうる。だから今のうちに貪らなきゃ! 刹那的~! 一時的な享楽にふけるさま~! でも変わらない可能性もある。それはもう本当にありがとう、いい自担です。自分で箸を転がして「自担最高かよ…」できるの楽しすぎる。

 

 ワークアウトBGMを聞きテンションを上げエアロバイクを漕ぎながら、世界一好きな男の髪型についてのブログを書くとこのような文章になるというサンプルでした。

*1:※感じ方には個人差があります。

*2:※感じ方には個人差があります。

はじめまして、渋谷すばるさん

https://shibutanisubaru.com

 

 関ジャニ∞から飛び出した渋谷すばるは、今こうやって一歩踏み出して、二歩、三歩ってどんどん歩いていくんだなぁ。

 私はずっと、明るく送り出すだけの気持ちにはなれなかった。未だにあの時の悪い夢のような気持ちを引きずってる。恨んだこともあるけど、とうとう嫌いにはなれなかった。好きな人が好きな人たちからべりべりと剥がれていく。その実感を新しく得るのは、やっぱりつらいものがある。七人時代の曲や映像も、今はつらくて触れることができない。あの頃の方がよかった、と思ってしまうのがこわいから。

 でもね! でもねえー! 今日私はうれしかったんだ! やっぱり! うれしかった! 生きてるよーって動画を上げてくれて、愛してますって言ってくれて! 好きな人が生きていてくれることは贅沢なことだ! 私だけじゃなくてさ、思わず鯖落ちさせちゃうくらい色んな人がうれしかったんだ!

 シンプルだけど雑じゃなくて、ちゃんと工夫されてるサイト。少し痩せたけど楽しそうに笑っている姿。ジャニーズ時代とは少し違う声の出し方、変わらない笑い方。「元気かな」「ご飯食べてるかな」毎日のようにタイムラインを流れていた(私も夜泣きのように流していた)そんなおばあちゃんみたいな心配に、ポンと優しいパスをもらえた気分だった。

 歩いて歩いてどんどん離れて、地球を一周したらいつかまた会えるかもしれない。私たちと彼も、関ジャニ∞と彼も。たとえ直接会わなくたって、つながりを感じる瞬間があるはずだー、と思う。勝手に。

 2018年4月15日、2018年7月15日、2018年12月31日。つらさ故に忘れられない日たち。でも、2019年2月28日はうれしさで忘れられない日になりそうだよ!

 どうかこれからも生存確認させてください。

 

 あなたの声を愛する者より。

 

私がニットを着ていられる季節存在しないのではないか問題

 11月下旬、上野。少し歩いただけで私は汗だくだった。東北生まれ東北育ち、春夏秋冬いつでも新幹線から東京駅のホームに降りた時の感想は「暑い」の一言。そんな人間が、東京歩きの服装にニットワンピースを選んでしまった。

 何年か前の冬、私は池袋で買い物をした。次の日に着る服を探していて、色々試着しては友達に見てもらっていた。ニットを着たところ「あー似合う」「でも暑がりそう」と言われた。結局ニットではなくカットソー素材のワンピースを選んだ。それでもめちゃくちゃ暑かった。もしあそこでニット選んでたらどうなってたんだ。こわい。

 東京を暑いと思う人間がニットを選んではいけない。戒め。わりと毎年こうして戒めてるのにいちいち選んでは顔真っ赤っかになってしまう。なぜ同じ過ちを繰り返すのか。着たいんだもん…かわいいニット。中にエアリズムを着ても駄目だった。ニットのインナーにエアリズム。うまいこと打ち消しあってくれないか、という儚い期待でした。バカ。

 東京でニットは着れない。じゃあ地元はどうか。まあ外にいる時はいいよ、寒いし余裕で着ていられる。屋内に入ると一気に危険度が上がる。あちい。暖房ガンガン。コートを脱ぐ。それでも暑い。よく行く調剤薬局とかマジで地獄。汗、汗、汗。外に出る。汗冷える。体調終わる。はい。

 地元の電車の場合はどうか。席に座る。タイツが溶けそうなくらいの熱風がふくらはぎに叩きつけられる。暑い。汗。はい。

 季節別に見ていこう。

  • 春、あたたかな空気の季節。無理。
  • 夏、36℃の地元、サマーニットでも無理。
  • 秋、まだ寒くなりきってない気温、やうやう強くなりゆく暖房、無理。
  • 冬、前述の通り屋内暖房大活躍。無理。

 無理じゃねーか。

 

 ニット、かわいい、着たい。三語で辿々しく発言したところで己の体質が変わるわけでもない。冬の夜行バスでも半袖がデフォの人間に、ニットなどという毛糸を編んだ保温力の高い服は合わないのだ…。なんならスウェット素材でも暑がる。体型変化のせいかとも思ったけど、昔から極度の暑がりだからきっとあんまり関係ない。

 いやじゃいやじゃ! かわいいニット着たいんじゃ! 駄々をこねようとも汗は出る。諦めるしかないのか。お高いニットはどうなんだ。探求は続く。諦めない。そして私はまた汗をかくのだろう。いつか誰かが私と会ったとき、もしニットを着ていたら、そして真っ赤な顔をしていなかったら、どうか一言「おめでとう」と言ってあげてください。はたしてそんな日が来るのかどうか、今はまだわかりませんが。

 

 

さよなら、2018年

 推しの命や健康があることは当たり前ではない、そして今いる場所での活動も当たり前ではない。そんなことをたくさん思い知った一年でした。

 好きなグループ、アスリート、そしてもちろん自分自身がいつどう変わるかは誰にもわからない。たぶん何がどのタイミングで起きたとしても後悔は残る。その後悔を少しでも減らすためにはどうすればいいのか、まだわからないままで年が暮れていってしまう。

 渋谷すばるの脱退した関ジャニ∞は、6人体制初のシングルで「始まるんじゃない、始めるんだぜ」って歌ったけど、私としてはいつでも何でも突然「始まって」しまうな、と思う。始まってしまう色んなものにどうやって追いつくか。後ろ向きになったり前向きになったりしながら、どうにか走るしかないのかもしれない。進むんじゃない、進んじゃうんだぜ、みたいな。

 6人の関ジャニ∞を見慣れてきた自分の目と脳に驚くけど、やっぱりあの声がないのは寂しいし、あの視線がカメラ越しに貫いてこないのは寂しい。これからも寂しさはずーっと消えないと思う。私はこの寂しさを忘れたくない。誰が落ち込もうと立ち直ろうと「私は」それがいい。関ジャニ∞における渋谷すばるの存在感はバケモノで、それはこれからも同じ。「いない人のことをいつまでも引きずってんじゃねえ」と言われようが私はこの有様ですので、どうぞ皆様おかまいねぐ。命には限りがあって、その終わりがいつ来るかなんてわかりませんので、引きずりたいものは引きずったまま生きます。私は。

 渋谷すばるジャニーズ事務所所属ではなくなるまで、あと10分と少し。とってもとっても後ろ向きな、私の2018年総括でした。

関ジャニオタクが一晩でワートリを読んだら

 超おもれ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いや前々から評判は聞いていたんですが祝☆連載再開ということで、無料公開分を毎日二話ずつちまちまと読み進めておりまして。しかし一日二話っておもしろいおもしろいと読み進めるには遅々たる歩み。給料入ったらバーンとコミックス買っちゃおうかなというつぶやきをしたところ、いわゆるワートリヤクザであられるフォロイーさんから無料公開分の後~9巻までを電子書籍で送っていただけることになりました。いや神~~~~~~!!!! 本当にありがとうございました…。

 結局給料日前に続き全部買っちゃって、化粧も落とさずに一晩で貪り読み、吹き出物ができてからの今朝の行動がこれ。

 いや買うでしょ続き読めるんだもん!! あの引きでずっと待ってたファンの皆様すごいよ!!!! 待っていた時間をほぼ一晩ですっ飛ばしてきた私が読んでも「長いこと期間があいたはずなのに絵に違和感とかない、えっすごい何、ブランクって何、えっ」というある種の怯えに近いものを感じた。揺れた。揺れるな。

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 これから続き読めるイズ何。すげえ。連載再開という事実、その実感はきっと後からじわじわ効いてくるはずだ。気合いを入れて臨まなければなあ、ってところで既にがっちりファンになっとるなと自覚した。 おっせえ。

 

 そして以前から聞いていた噂。

 いや生駒隊、マジでめちゃくちゃ概念としての関ジャニ∞だった。カメラ目線スポーツじゃんって言われてたのも納得した。ほくろのイケメンいるし。イコさんも普通にかっこよくね? ワートリ世界の生駒隊長ファンはたぶん「あのひと黙ってたらけっこうかっこよくない?」って言われて「ああ? 黙らんでもかっこええやろがい」ってなるタイプ。ナスカレー。世の中には生駒隊出の関ジャニおたく等もいるらしい。人生何があるかわからんね。もっと深堀りしてぇ~~とBBF買ったら生駒隊はまだカミングスーーーン的なあれだった。ええけどね!!!!!

 影浦隊もかわいい~~~、カゲ初登場時で「あらあらあらこれはこの子は荒れてまあまあまあ大変!」だったのが「えっ何かわいいじゃんおいおいおいこれはハイ!!」になった。今までの推し遍歴見てもだいぶギャップに弱いんですよ……。狙い撃たないでもらえるか~(睡眠不足による自意識過剰)。

 嵐山隊もいいよね。つーかみんないいんだわ。基本的に箱推し・事務所担になりがちな性質がここでもギンギンギラギラにいきている。好きの射程範囲がどこまでもどこまでも…。生駒隊でごまかされた感あるけど王子隊もなかなかのトンチキだよねとか。Sexy Zone枠かもしれない。ああ~いやマジでみんな好きだな~(号泣)。

 おたくにありがちなんだけど自分が好きなものがワートリ世界に行ったら的なことも考えるよね! 自担はスコーピオンとグラスホッパーでトリッキーな動きするの似合いそう。意表をついてほしい。味方すらびっくりさせて「お前マジでしばくぞ」って言われてもヘラヘラしててほしい。まるちゃんはメテオラを味方に当てそうになってめちゃくちゃ怒られる人。フィギュアスケートも好きなので羽生は万能手、昌磨は射手でゲーム性を楽しみ、さっとんは狙撃手でも攻撃手でも似合うなとか色々考える。ウワ~ン楽しい。読み進める間の「どうなる!?」と「私は誰推しになる!?」のワクワクはジャニオタになる前夜みたいなテンションだったし、ボーダーの若さにフィギュアスケートの競技年齢を連想してみたりとか、オタクすーぐ紐付けしちゃう。考察とか全然できねえ人の楽しみ方だこれ。

 でもまあ戦略ゲーム好きマンもキャラクター好きマンも楽しめるってことなんすよね。いわゆる「持たざる者」の物語が好きな人にもザックザクに刺さるし。人がたくさん登場するってことは、それぞれの背景に悲哀もチャラさも熱さも何もかも全部あるから。とにかくカバーする範囲がめちゃくちゃ広い。例えばかつん担は三輪という存在にグッとくるんじゃね? とか、そういう方向性を考えるのもおもしろい~! 低身長ジャニタレ担で緑川風間あたりにグッとこなかった者だけが私に石を投げなさい。私はまんまとグッときた。

 あと「たまこまだいに」ってめちゃくちゃ語呂いい。声に出して読みたい隊名。生駒隊に歌ってほしい関ジャニおじさんソング暫定ナンバーワンは桜援歌 ( http://j-lyric.net/artist/a04ab16/l008005.html ) だよ! 花咲かしたるからな!!

 話題がとっちらかってきたところで私のクソデカ声での叫びをひとつ置いてお開きにしたいと思います。

 みんな考えねえの!!!!!!?????????????

大好きなグループのメンバー脱退発表が私を外に連れ出した

 渋谷すばる関ジャニ∞を脱退。本人とメンバーの口からその事実が語られたのは4月15日のことです。その翌日、私は珍しく「観光」というものに出かけました。

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 あまり観光という習慣のない私が、たまたま両親と出かけることにしていた日。それが4月16日でした。関ジャニ∞のファンであることを隠していない私に母は「また今度にする?」と声をかけましたが「いや、行くよ」と答えました。まだ青森県には到達していなかった桜前線を遡るようにして、平泉へ向かいました。

 車中で聞いた関ジャニ∞の曲。そこには当たり前に渋谷の声がある。シンプルに悲しいなと思いました。しかし発表を聞いた時から私の涙腺は機能を失いかけていて、ここから三ヶ月の間、一度も涙を流すことができませんでした。

 中尊寺に向かう途中で、おみくじを引きました。

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 だってお!!!!!!!!!!!!! 正直何が大吉やねんというメンタルでした。八つ当たりでごめんな、おみくじ。

 

 そして4月の末、私は弘前におりました。

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 私は元々かなりの出不精で、観光に行こうという話にイエスの返事をする人間ではありませんでした。しかし4月15日以降、首を縦に振ってしまうようになったのです。なぜなのかは自分でもよくわかりませんでした。ただ、知らない場所に出かけて綺麗なものを見ると、何かを取り戻せるような気がしました。

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 7月14日から7月16日の朝にかけては、関ジャニ∞のコンサートのため北海道へと足をのばしました。これは元々行く予定だったものなので「何かを取り戻す」というようなぼんやりしたものではなく「新しい彼らを見届ける」という明確な意識を持って臨みました。

 北海道への遠征はフェリーを使っています。安価で寝ている間に移動できるという点が気に入っている移動手段です。しかも運がよければ朝日も見れる。しかし15日の朝は生憎の天気で、日の出時間に起きてはみたものの、灰色の空と海しか拝めませんでした。

 以前の記事にも書きましたが、コンサートを見終えた15日の夜、流れ星を見ました。

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 カメラの液晶の中をフッと流れたそれに、願い事を言う間などなく。それでも何か意味がある、きっと、そう思いたかった。

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 7月16日の朝日は少し腹立たしいくらいに綺麗でした。「金曜ロードショーの色だ」って思っちゃった。流れ星と朝日を見れたことに何か意味はあるのかな、あると思いたいな、生きていくためにはそういう思い込みも必要でしょ。そんなことを考えながら、フェリーを降りた足で仕事に向かった。

 

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 これは田舎館村の田んぼアート。このへんになってくると観光慣れし始めています。平泉の頃はまだ観光ビギナーだったのに。とりあえずトイレは行きたくなる前に行けの精神。

 これは9月の末に撮った写真なので、稲が青々としている時よりも絵柄が少し見づらくなっています。やはり見頃は7月中旬~8月中旬のよう。展望台から降りる階段には、田んぼアートの歴史などが展示されています。真田丸の年も見てみたかったなあ。

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 地上から見るとこんな感じ。絵柄を決めてパソコンで計算し、それを元に杭を打ち、紐を張り巡らせて田植えをするのだとか。

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 さっきのとは別の場所にも会場がありました。展望台から降りる階段に「大間の休日」なんてパロディポスターが貼ってあったり。ちなみに二つの会場はだいぶ離れているので、自家用車もしくはシャトルバスの利用をおすすめします。

 

 そして五所川原市立佞武多の館。

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 有料の展示室に入って驚く。思った以上に大きい。どのくらいかっていうと、

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 足下に人がいますよね。これと比べると、ええもう、えらいこっちゃです。見上げてると首が痛くなります。ぶっちゃけナメてました。申し訳ございませんでした。

 骨組みを作って紙を貼り、色つけをして…って手順はわかるけど規模がとんでもない。展示室には山車を囲むようにして通路があり、これまでの歴史、制作手順なんかも紹介されています。祭りの当日にはその通路が跳ね橋のように動き、更にはとんでもない高さの壁が開き、そして出陣していくのだそうです。思わず「秘密基地じゃん…」と口走ってしまいました。

 

 十和田湖

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 遊覧船に乗ってると、思わず遊歩道の人たちに手を振っちゃいますね。大きく振り返してくれて嬉しかった。

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 八甲田の地獄沼。まんじゅうふかしは油断してると足がめちゃくちゃ熱いところに当たる。

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 城ヶ倉大橋からの景色。

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 橋の上からズ~~~~~~ムしてここまで撮れるの中古12KのコンデジのわりにすごいねCanon SX610HS。この記事でも併用してるZenFone5は綺麗に撮れるけど時々色みがわざとらしくなるし、ズーム機能も限度がある。両方とも大事に使おう…(と書いたそばから片方落として片方ぶつけた)。

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 十和田の蔦沼はまだ紅葉が始まりかけだったので、手前の木々とせせらぎの方に惹かれました。いやでもこれ染まりきったらそうとう綺麗ですよね。リベンジしたい。

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 4月から今日まで、綺麗な景色をたくさん見て、仕事して、綺麗な景色をたくさん見て、仕事して…そうして暮らしてきました。寂しさ悲しさは消えていく。なんでもない素人の写真をパチパチと撮影して、デジカメの容量をパンパンにして。

 雑誌、テレビ、コンサート。どの場でも人数を数えてしまいました。6人、ああ、6人だ…って勝手に悲しくなって。消えていたはずのものが戻ってくる。知ってるんですよ、脱退したの。わかってるんですよ、戻ってこないの。なんですけど、探してしまっていた。それなのに、私は先日6人の関ジャニ∞に「しっくりくる」という感覚を覚えてしまいました。そのことに気づいて「まだ忘れたくない、消したくない」と嘆く。寂しさ悲しさを消したくて、あちこちに足を運んでいたはずなのになあ。なんて勝手なやつだろう。どの景色にも渋谷すばるがいないことに、慣れたくはないのだ。

 休日は家にいるのが当たり前だった私は、そこそこ出歩くようになりました。少しでも見たいと思ったものは、見ておかなければ後悔する、と思い知ったのかもしれません。遠出して綺麗なものを見るのも悪くない。好きなグループのメンバー脱退で、そう思うとは予想してませんでしたけど、そして現場増やす方向じゃねえんかよって感じだけど。

 自担こと安田章大さんが公開した写真に写る、頭の手術跡。「命に別状はない」がいつまでも続くわけじゃない。誰にだって「いつか」はきっとやってくる。死ぬ時に後悔しないなんて無理なので、せめて「たくさんいいもの見たな」って思いたい。その見たいものたちの中には、渋谷すばるさんのことも含まれています。姿を見られたらいいな。歌声を聞けたらいいな。作る音楽に圧倒されたいな。今はそう思うのです。いつかが叶うかどうかはわからないけど、これが「いつか」であるうちの願いは自由だと思うから。いいよね! だめなら言ってよね!!

 

 以上、まとまりのない春夏秋の観光と思考の記録でした。

Webよ聞いてくれ(二人の男の命の話)

 世界で一番好きな男が髄膜腫の手術をしていた、と知ったのは7月の頭のことだった。手術からは既に1年が経過しており、その間ファンに気付かせることなく仕事をしていたが、4月には転倒で背中と腰の骨が折れてしまったことも同時に知った。

 このとき私は「生きていてくれてありがとう」と思った。この発表の直前、私はうちわ業者に「生きてるだけでファンサ」といううちわを依頼していたんだけれども、それがこんなに重みを持つようになるとは思っていなかった。心の底から「生きてるだけでありがたい」って思っていたはずなのに、そこに実感が増すとまた意味が変わってくるんだな、と。

 世界で一番好きな男こと安田章大は、関ジャニ∞に所属している。4月15日に渋谷すばるの脱退が発表され、7月15日からは渋谷を除く6人でのツアーがスタートしている。安田の骨折が治りきないため中止や延期も検討されたが、極力動かなくて済むよう工夫したうえで予定通りに行われることになった。彼はツアー初日、札幌公演の最後の挨拶で「病気になってよかったって思ってます。これを経験したから人の痛みがわかる」と言っていた。ファンである私はなかなかそこまで思えないけど、たぶんそれでもいいんだろう。同じ事を思う必要はない、彼は彼で私は私なんだから。

 人数の減った彼ら。強烈なボーカルのいなくなった関ジャニ∞は、それでもやはり未だに私にとって大切なものなのだと思った。全員が並ぶたびに人数を数えて寂しがるのも、このパートは渋谷が歌っていたなと思うことも、しばらくやめられそうもないけれど。

 東京のジャニーズJr.への反抗心みたいなものが、関西ジャニーズJr.だった頃の関ジャニ∞メンバーをより強固に結びつけていたように思う。メンバー全員、首の後ろにほくろがある。その事実に「やっぱ兄弟やねんて!」と誰よりも目を輝かせたのは渋谷だった。彼はソロライブでもグループでのロックフェスでも「関ジャニ∞ってアイドルグループやってます」と言い続けた。関ジャニ∞が全員楽器を持ってバンドをやるという、この体制を作り上げたのは渋谷の影響がとても大きい。

 それでも、出ていくのね。と、古いドラマのような言葉を呟いてしまうな。音楽番組でのセッションで己の伸びしろを知ったと彼は言っていた。それを知れる、まだやれると思う渋谷だから、好きなんだよなと思う。音楽め、連れて行くからには彼を幸せにしてくれ。

 生きていればいつかまた、音楽で関わることもあるかもしれない。生きて、やりたいことをやってくれるから、寂しいけど応援するよ。この「生きててくれるだけで」というフレーズを、今年何度使ったかわからない。

 

 7月15日の夜、フェリーの上で流れ星を見た。そのときはただその事実に興奮して、彼らの再出発のことを思った。

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右上の方に流れ星が写っている

 今あのときに帰れるならば、数日後に起きる悲しみをどうかなくしてくれと、必死に願うだろう。

 

 7月19日の夜、カザフスタンフィギュアスケーターデニス・テン選手が刺されたというニュースが飛び込んできた。彼の車のミラーを盗もうとした男に脚を刺され、大量出血している、危険な状態である。神様助けて、そう願っていたのに、TLに流れるニュースは彼が亡くなったというものに変わった。神様なんていないんだと思った。

 私がフィギュアスケートを好きになったのはバンクーバーオリンピックの頃。しょっちゅう唇が荒れて切れていた若い選手は、時が経ち大人になってもやっぱり時々唇が荒れていた。それがデニス・テン選手だった。シーズンの序盤では調子が出ず、世界選手権ではパーフェクト。そんなスロースターターっぷりに毎シーズン、嘆いたり手が痛くなるくらい拍手したりしていた。姿勢のよさと、わずかな動きからも感じられる気品。いつか生で見てみたいフィギュアスケート選手のうちの一人だった。

 今の私は選手全員を応援するスタンスなので、誰がノーミスパーフェクトでもめちゃくちゃ嬉しい、誰が大遭難な演技になってしまってもめちゃくちゃつらい、という感情のジェットコースターに日々揺られている状態。でもみんな代わりなんていない個性豊かな、それぞれの良さがある選手だから。やっぱこうなっちゃうなー、なんて笑ってた。ひとつき前にも「テンくんが五輪でフリーに進めなかったの未だにショックだわ」なんて話をしていた。グランプリシリーズに出場する予定の彼を、いつも以上に応援しよう、パソコンの前で! と、そう意気込んでいた矢先の出来事だった。

 亡くなったという事実がなかなか受け止められなくて、グランプリシリーズの出場者一覧の、彼の名前の上に二重線が引かれる意味がわからなかった。これは何かの間違いで、彼は戻ってくるから、そんな線なんて取っ払ってよ。そんなふうに思っていた。葬儀や埋葬のニュースも非現実的なものに思えた。二度と彼の新しい演技が見られない? なぜ? ソチオリンピックで銅メダルに輝き、カザフスタンアイスショーを開催した。これからもそれを続けていくんだよ。亡くなるわけがない。そう思い込んでも、事実は変わらなかった。

 どうして私はあのとき見た流れ星に、好きな人たちが理不尽に命を奪われませんようにと願わなかったのか。そこに因果関係なんてないのはわかっていても、どうしても思ってしまう。

 命はいつかなくなるもの。それは知っている。けれどもなぜ彼が、いまこのタイミングで、という考えが頭の中を回り続けている。他の誰かだったらよかった、いまじゃなければ殺されてもOKって意味じゃない。あとせめて5分、楽しそうに友人とご飯を食べていた店から、彼が出てくる時間がずれていれば。彼がもう少し勇敢でなければ。どうしてもそんなことばかり考えてしまう。

 彼を刺した容疑者は数日前に別件での拘束から釈放されており、そこには警察との癒着があったといわれている。これを期に警察組織の腐敗が取り除かれていけばいいと思うけど、その代償として彼の命を捧げることになってしまうなんて。

 でも彼は、変えていってくれって言ってるんだろうな。復讐ものの話における「復讐なんか望んじゃいない」という台詞はよく批判されるけど、彼を知る人はみんなきっと「そうだ、彼は復讐なんて望まない」って言うんじゃないかな。「もっとこの国の先を考えた話をしよう」みたいなこと、言うよね。想像じゃなくてほとんど事実だから、これは。天災なんかとは違って明確に犯人がいることだから、恨まない憎まない、そういうことを一切考えないということは実際問題なかなか、上手くはできないけど。

 世界がどう変わっても彼の命が奪われたことに違いはない。ならば、せめてよくしていかなければいけないな。もう同じように命をなくす人がないように。カザフスタンだけじゃなくて、自分の手の届く範囲もだ。ファンに「自分への高価なプレゼントよりも、あなたたちの生活を大事にしてほしい」と言っていた彼に恥じぬよう生きたい。そういうふうに、思う。

 

 悲しいのに楽しいことがあったり、悲しいのにご飯が美味しかったり、矛盾した感情が生まれる瞬間、罪悪感があった。そんななか、24時間テレビで放送されていた石ノ森章太郎物語の台詞に少し救われた気がする。「人は悲しい気持ちのまま、怒ったり怖がったりできるんだよ。悲しいまま楽しくもなれる。忘れろとも乗り越えろとも言わない。ずっと悲しいままでいいんだ、それと同時に他の感情がないか探してみろ」こんな台詞だったと思う。これを聞いて、ああいいんだな、悲しいまま楽しくても、美味しくてもいいんだ。そう思えて、気持ちが少し軽くなった。たぶん、生きていくってこういうことなんだな。

 

 大好きな人、応援している人、彼らが生きていることは当たり前じゃない。病を患うことも、突然命をうしなうことも、ありえないなんて言い切れない。わかっていたはずなのに、好きな人を好きでいるのが怖くなる。髄膜腫の5年後生存率が93%と知ったとき、その確率の高さよりも「7%」の重みで潰れそうになった。

 札幌、名古屋、大阪での公演を経て、安田はだいぶ動けるようになってきたみたいだ。先日のテレビ出演では「おれは動けるぞ」と言わんばかりに飛び跳ねていたが、やりすぎて最後には村上に押さえ込まれていた。照明から目を守るためにかけ続けている眼鏡は、いつか外れるかもしれない。外れないかもしれない。他のメンバーや、渋谷や、フィギュアスケート選手や、私の好きな人たちにまた何かがあるかもしれない。祈りや願いは無力で神様はいないと、何かを好きでいることはいつか恐怖に変わるかもしれないと、知ってしまった。知って、なお、好きであることはやめられない。熱狂の裏側にある恐怖を、きっとずっと感じながら過ごすんだろう。

 もちろん、何かを好きでいる側の体だっていつまでも健康なわけじゃない。事故や病気は「自分は大丈夫」って思っているのに起きる。きっと私はいつ死んだって「もっと生きたかった」って思うだろう。だったら、せめてそのときに浮かぶ後悔を少なくしたい。安田のように違和感に気付き、すぐに病院に行けるような環境にもしていかなくては。やりたいことはそこそこできたな、と言いながらこの世を去れるように。

 

 衝撃や悲しさと共に飛び込んできた猛暑は、青森にも37度の気温を運び、そして一足先に通り抜けて行った。無責任だな、あんなに私を苦しめたくせに。エアコンのない部屋で大汗をかきながら何度も泣いた。前を向いたり、後ろを向いたり、空の向こうに思いを馳せたり。そんなことを繰り返し続けた2018年7月を、私はきっと一生忘れないだろう。

 

追記

2:51の笑顔と、3:07のジャンプの出と、3:48からの躍動が大好きなので、貼っておきたくなった。

www.youtube.com