Webよ聞いてくれ(二人の男の命の話)

 世界で一番好きな男が髄膜腫の手術をしていた、と知ったのは7月の頭のことだった。手術からは既に1年が経過しており、その間ファンに気付かせることなく仕事をしていたが、4月には転倒で背中と腰の骨が折れてしまったことも同時に知った。

 このとき私は「生きていてくれてありがとう」と思った。この発表の直前、私はうちわ業者に「生きてるだけでファンサ」といううちわを依頼していたんだけれども、それがこんなに重みを持つようになるとは思っていなかった。心の底から「生きてるだけでありがたい」って思っていたはずなのに、そこに実感が増すとまた意味が変わってくるんだな、と。

 世界で一番好きな男こと安田章大は、関ジャニ∞に所属している。4月15日に渋谷すばるの脱退が発表され、7月15日からは渋谷を除く6人でのツアーがスタートしている。安田の骨折が治りきないため中止や延期も検討されたが、極力動かなくて済むよう工夫したうえで予定通りに行われることになった。彼はツアー初日、札幌公演の最後の挨拶で「病気になってよかったって思ってます。これを経験したから人の痛みがわかる」と言っていた。ファンである私はなかなかそこまで思えないけど、たぶんそれでもいいんだろう。同じ事を思う必要はない、彼は彼で私は私なんだから。

 人数の減った彼ら。強烈なボーカルのいなくなった関ジャニ∞は、それでもやはり未だに私にとって大切なものなのだと思った。全員が並ぶたびに人数を数えて寂しがるのも、このパートは渋谷が歌っていたなと思うことも、しばらくやめられそうもないけれど。

 東京のジャニーズJr.への反抗心みたいなものが、関西ジャニーズJr.だった頃の関ジャニ∞メンバーをより強固に結びつけていたように思う。メンバー全員、首の後ろにほくろがある。その事実に「やっぱ兄弟やねんて!」と誰よりも目を輝かせたのは渋谷だった。彼はソロライブでもグループでのロックフェスでも「関ジャニ∞ってアイドルグループやってます」と言い続けた。関ジャニ∞が全員楽器を持ってバンドをやるという、この体制を作り上げたのは渋谷の影響がとても大きい。

 それでも、出ていくのね。と、古いドラマのような言葉を呟いてしまうな。音楽番組でのセッションで己の伸びしろを知ったと彼は言っていた。それを知れる、まだやれると思う渋谷だから、好きなんだよなと思う。音楽め、連れて行くからには彼を幸せにしてくれ。

 生きていればいつかまた、音楽で関わることもあるかもしれない。生きて、やりたいことをやってくれるから、寂しいけど応援するよ。この「生きててくれるだけで」というフレーズを、今年何度使ったかわからない。

 

 7月15日の夜、フェリーの上で流れ星を見た。そのときはただその事実に興奮して、彼らの再出発のことを思った。

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右上の方に流れ星が写っている

 今あのときに帰れるならば、数日後に起きる悲しみをどうかなくしてくれと、必死に願うだろう。

 

 7月19日の夜、カザフスタンフィギュアスケーターデニス・テン選手が刺されたというニュースが飛び込んできた。彼の車のミラーを盗もうとした男に脚を刺され、大量出血している、危険な状態である。神様助けて、そう願っていたのに、TLに流れるニュースは彼が亡くなったというものに変わった。神様なんていないんだと思った。

 私がフィギュアスケートを好きになったのはバンクーバーオリンピックの頃。しょっちゅう唇が荒れて切れていた若い選手は、時が経ち大人になってもやっぱり時々唇が荒れていた。それがデニス・テン選手だった。シーズンの序盤では調子が出ず、世界選手権ではパーフェクト。そんなスロースターターっぷりに毎シーズン、嘆いたり手が痛くなるくらい拍手したりしていた。姿勢のよさと、わずかな動きからも感じられる気品。いつか生で見てみたいフィギュアスケート選手のうちの一人だった。

 今の私は選手全員を応援するスタンスなので、誰がノーミスパーフェクトでもめちゃくちゃ嬉しい、誰が大遭難な演技になってしまってもめちゃくちゃつらい、という感情のジェットコースターに日々揺られている状態。でもみんな代わりなんていない個性豊かな、それぞれの良さがある選手だから。やっぱこうなっちゃうなー、なんて笑ってた。ひとつき前にも「テンくんが五輪でフリーに進めなかったの未だにショックだわ」なんて話をしていた。グランプリシリーズに出場する予定の彼を、いつも以上に応援しよう、パソコンの前で! と、そう意気込んでいた矢先の出来事だった。

 亡くなったという事実がなかなか受け止められなくて、グランプリシリーズの出場者一覧の、彼の名前の上に二重線が引かれる意味がわからなかった。これは何かの間違いで、彼は戻ってくるから、そんな線なんて取っ払ってよ。そんなふうに思っていた。葬儀や埋葬のニュースも非現実的なものに思えた。二度と彼の新しい演技が見られない? なぜ? ソチオリンピックで銅メダルに輝き、カザフスタンアイスショーを開催した。これからもそれを続けていくんだよ。亡くなるわけがない。そう思い込んでも、事実は変わらなかった。

 どうして私はあのとき見た流れ星に、好きな人たちが理不尽に命を奪われませんようにと願わなかったのか。そこに因果関係なんてないのはわかっていても、どうしても思ってしまう。

 命はいつかなくなるもの。それは知っている。けれどもなぜ彼が、いまこのタイミングで、という考えが頭の中を回り続けている。他の誰かだったらよかった、いまじゃなければ殺されてもOKって意味じゃない。あとせめて5分、楽しそうに友人とご飯を食べていた店から、彼が出てくる時間がずれていれば。彼がもう少し勇敢でなければ。どうしてもそんなことばかり考えてしまう。

 彼を刺した容疑者は数日前に別件での拘束から釈放されており、そこには警察との癒着があったといわれている。これを期に警察組織の腐敗が取り除かれていけばいいと思うけど、その代償として彼の命を捧げることになってしまうなんて。

 でも彼は、変えていってくれって言ってるんだろうな。復讐ものの話における「復讐なんか望んじゃいない」という台詞はよく批判されるけど、彼を知る人はみんなきっと「そうだ、彼は復讐なんて望まない」って言うんじゃないかな。「もっとこの国の先を考えた話をしよう」みたいなこと、言うよね。想像じゃなくてほとんど事実だから、これは。天災なんかとは違って明確に犯人がいることだから、恨まない憎まない、そういうことを一切考えないということは実際問題なかなか、上手くはできないけど。

 世界がどう変わっても彼の命が奪われたことに違いはない。ならば、せめてよくしていかなければいけないな。もう同じように命をなくす人がないように。カザフスタンだけじゃなくて、自分の手の届く範囲もだ。ファンに「自分への高価なプレゼントよりも、あなたたちの生活を大事にしてほしい」と言っていた彼に恥じぬよう生きたい。そういうふうに、思う。

 

 悲しいのに楽しいことがあったり、悲しいのにご飯が美味しかったり、矛盾した感情が生まれる瞬間、罪悪感があった。そんななか、24時間テレビで放送されていた石ノ森章太郎物語の台詞に少し救われた気がする。「人は悲しい気持ちのまま、怒ったり怖がったりできるんだよ。悲しいまま楽しくもなれる。忘れろとも乗り越えろとも言わない。ずっと悲しいままでいいんだ、それと同時に他の感情がないか探してみろ」こんな台詞だったと思う。これを聞いて、ああいいんだな、悲しいまま楽しくても、美味しくてもいいんだ。そう思えて、気持ちが少し軽くなった。たぶん、生きていくってこういうことなんだな。

 

 大好きな人、応援している人、彼らが生きていることは当たり前じゃない。病を患うことも、突然命をうしなうことも、ありえないなんて言い切れない。わかっていたはずなのに、好きな人を好きでいるのが怖くなる。髄膜腫の5年後生存率が93%と知ったとき、その確率の高さよりも「7%」の重みで潰れそうになった。

 札幌、名古屋、大阪での公演を経て、安田はだいぶ動けるようになってきたみたいだ。先日のテレビ出演では「おれは動けるぞ」と言わんばかりに飛び跳ねていたが、やりすぎて最後には村上に押さえ込まれていた。照明から目を守るためにかけ続けている眼鏡は、いつか外れるかもしれない。外れないかもしれない。他のメンバーや、渋谷や、フィギュアスケート選手や、私の好きな人たちにまた何かがあるかもしれない。祈りや願いは無力で神様はいないと、何かを好きでいることはいつか恐怖に変わるかもしれないと、知ってしまった。知って、なお、好きであることはやめられない。熱狂の裏側にある恐怖を、きっとずっと感じながら過ごすんだろう。

 もちろん、何かを好きでいる側の体だっていつまでも健康なわけじゃない。事故や病気は「自分は大丈夫」って思っているのに起きる。きっと私はいつ死んだって「もっと生きたかった」って思うだろう。だったら、せめてそのときに浮かぶ後悔を少なくしたい。安田のように違和感に気付き、すぐに病院に行けるような環境にもしていかなくては。やりたいことはそこそこできたな、と言いながらこの世を去れるように。

 

 衝撃や悲しさと共に飛び込んできた猛暑は、青森にも37度の気温を運び、そして一足先に通り抜けて行った。無責任だな、あんなに私を苦しめたくせに。エアコンのない部屋で大汗をかきながら何度も泣いた。前を向いたり、後ろを向いたり、空の向こうに思いを馳せたり。そんなことを繰り返し続けた2018年7月を、私はきっと一生忘れないだろう。

 

追記

2:51の笑顔と、3:07のジャンプの出と、3:48からの躍動が大好きなので、貼っておきたくなった。

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